あれから十年以上の歳月がすぎた。
父といっしょに寝ていながら、父の死に気づかなかった母は、いまでは起きているよりも眠っていることが多くなった
中六數學。
夢と覚醒とのしきいが曖昧になって、起きていてもなかなか目が覚めないという。記憶は1分ともたず、現実の認識もすぐに崩れてしまう。いつも夢をみているような目で、現実をみている。
かつては馴染みであったはずの雛人形とも、驚きも懐かしさもない目で対面する。
父は突然に人から仏になってしまったが、母は少しずつ人の皮を脱ぎすてていく。
雛祭りをする街の中を歩いた。
人形の顔は何百年も変わることがない。古い時代の人形は、いまも古い時代を生きているようにみえる。
人形の記憶は、失われることも再生されることもないのだろう。
変わらないということは、人形の不気味さでもあり、変わらない表情のままで、人の記憶の脆さをじっと見つめているようにもみえる。
人はさまざまな記憶を失ったり蘇らせたりしながら、記憶の雲のなかで、とても危うく生きているのかもしれない
郵輪假期。